自分がつらい出来事にぶち当たったら言っちゃう「普通」ってやつ
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何かしらの変化によって、それまでの暮らしより不自由になった時に「普通」って言葉がでてくるのが人間っつう生き物であります。ってわかったようなことを書いてみる。
「普通の生活は当たり前じゃない」とか、「普通の生活をしたいだけ」みたいなね。
全ての記憶の中で一番健康だった時のことを「普通」っていう人も多いかも。
病気や怪我やもそう。そうなる前が「普通」だったと思ってる。ほんとはさ、そうでもなかったりするんだけどね。
震災後にも良く聞く言葉だよね。
生活する上で不自由さを感じた時に、それ以前の生活レベルのことを「普通」って言うんだと思う。
それは年とったら誰もが思うよ。うん。ほんとそう。若い時には絶対に戻れないことはわかってる。不老不死は未だ無い時代だし。以前に戻るなんてタイムマシーンが無いと無理なんじゃね?みたいな。
で、普通に戻るまでは、そうでなくなってから「普通の暮らし」というレベルに戻るまでには、それまでの数倍の労力が要るよね。なーんもしないでそこそこでも戻る人って財力があるか何か特別なパワーがある人だけだよ。
頑張って頑張って頑張って、そして疲れる。疲れない人もたまにおるけどね。
いやー、それ頑張ってる間にさ、え?もうあれから5年経ったんかい?って思うものよ。
鏡を見てぐっと寂しくなってさ、なんかねぇ気落ちしちゃったりするのよ。5年6年前の写真を見ると今より確実に若いやん?年を取らないことで有名な女優さんと凡人とは違うもんね。
精神的回復は、こっから先なら大丈夫なんつぅ線を自分でひくことは難しいね。無理だと思うなぁ。
それとね、ここから頑張るなんてマジ無理って思う人はね、あたしもだけど、きっと健康を損なっているんだと思う。体調がめっちゃ戻ったら手のひら返してガンガン動くかもだけどね、今は想像するのもきついね。
よしよしっ(*'ω'*)なかなかいいぞぉ~この線にきたからもう大丈夫だっ!とか、
おっしゃっ!ここからなら頑張れるとかいう指標っていう太(ぶ)っとい線みたいなもんが見える人はおらぬよね。もしも見えるっていう人がいたら、多分その人は電波が見える人や。
若しくはドラえもんに何か便利な凄い眼鏡を四次元ポッケから出してもらったノビ君くらいのもんだね。
そんでもって、誰かの普通とあたしの普通は別物だったりするわと気づいたりしちゃって。がっくしするのであります。
っということで「普通」なんていうものは高校とか電車以外にはないんじゃないの?
って、そんな言葉を見えない世界からもろうた。
いっちょあがりました。
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